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富山地方裁判所 昭和61年(わ)169号 判決

主文

被告人を懲役五月に処する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  酒気を帯び、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、昭和六一年四月一五日午後一〇時一五分ころ、富山市月岡町六丁目六六二番地付近道路において、普通乗用自動車(富五七さ二八五六号)を運転した

第二  前記日時ころ、業務として前記自動車を運転し、前記場所付近道路を時速約四〇キロメートルで南進中、絶えず前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、進路前方に設置された道路案内標識に気を奪われ、前方注視不十分のまま漫然前記速度で進行した過失により、折から、同所先の信号機により交通整理の行われている交差点手前で信号待ちのため停止中の徳永俊郎(当四二年)運転の普通貨物自動車を前方約八・六メートルに接近して初めて発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、自車を右徳永運転車両に衝突させ、その衝撃により同車を前方に押し出し、同車の前方で同じく信号待ちで停止中の深山和彦(当二九年)運転の普通乗用自動車に追突するに至らしめ、よつて、右徳永に加療約七日間を要する外傷性頚椎症の、右深山に加療約一一日間を要する頚椎捻挫、腰部捻挫の各傷害を負わせた

第三  前記日時・場所において、前記徳永らに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに、直ちに自車の運転を停止して右負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず、かつ、その日時・場所等法律の定める事項を、直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた

第四  昭和六〇年五月二九日午後三時二五分ころ、業務として普通貨物自動車(富四四ひ六一三五号)を運転し、長野県東筑摩郡山形村二、〇四〇番地一先交差点付近道路を時速約五五キロメートルで北進中、同所は交通整理の行われていない右方(東方)は見とおしのきかない交差点であるから徐行して前方左右の交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り漫然前記速度で同交差点に進入した過失により、折から右方(東方)道路から右交差点に進入してきた森井きぬ子(当時五四年)運転の原動機付自転車左側方に自車前部を衝突させて同女を路上に転倒させ、よつて同女に加療約二八三日間を要する左股関節脱臼骨折等の傷害を負わせた

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(事実認定の補足説明)

弁護人は判示第四の公訴事実について被告人に過失はなかつた旨主張するので以下検討する。

一  前掲関係証拠によると、本件交差点の状況及び事故の状況は次のとおりである。

(1) 本件交差点は、塩尻市方面から長野県東筑摩郡波田町方面に通ずる南北道路(以下A道路という)と、同郡山形村今井方面から同村下大池方面に通ずる東西道路(以下B道路という)が交わる十字型交差点であつて、A道路は片側(東側)に幅員約一・五メートルの歩道のついた車道有効幅員五・五メートルのアスフアルト舗装道路で本件事故当時は中央線は引かれておらず(その後昭和六一年七月一一日の検証時には道路中央に白色の中央線が引かれていた。)、指定最高制限速度は毎時五〇キロメートルとなつていた。また、本件交差点東側のB道路(被害者車両進行道路)は幅員約四・一五メートルの歩車道の区別のない平坦な舗装道路で、本件交差点入口には一時停止標識が設置され、白線で停止線が引かれている。

(2) 塩尻市方面から波田町方面に向うA道路はほぼ一直線の平坦な道路で前方の見とおしは良い。B道路とは直角に交わつており右側(東側)は樹木の高さ二・五メートル位のりんご畑がひろがつているため本件交差点入口から約五メートル先のB道路右方(東方)を見とおすことはできない。また、今井方面から本件交差点を通つて下大池方面に向うB道路は田園地帯をほぼ一直線で貫く平坦な道路で前方及び右方(北方)の見とおしは良好であるが、左方(南方)に前記りんご畑が続いているため左方A道路の見とおしは悪く、とりわけ前記一時停止線近くに出るまでは左方A道路の見とおしはできない。

(3) A道路は片側だけではあるが歩道も設置されている幹線の県道であるのに対し、B道路は農道を改良したような間道であつて、交通量も前者の方が多く、前記検証の際、A道路の交通量は五分間に自動車二五台であつたのに対しB道路の方は自動車四台のみであつた。そして現在ではA道路に白線で中央線が引かれ、B道路の本件交差点入口には前記停止線と共に「止マレ」の白色文字の標示が路面に印されている。

(4) 被告人は公訴事実記載の日時に被告人車(普通貨物自動車―ニツサンキヤラバン)を運転して塩尻市方面から波田町方面に向けて前記A道路を時速約五五キロメートルの速度で北進し本件交差点を直進しようとしたが、本件交差点の約四二・九メートル手前で交差点有りの標識を見ており前方が交差点であることは判つていた。そして進路右方はりんご畑のため見とおしがきかなかつたがそのままの速度で本件交差点に進入しようとしたところ、右方道路(東方)から一時停止も徐行もせずに約三五キロメートルの速度でうつむき加減で原動機付自転車を運転して本件交差点に進入してきた森井きぬ子を右前方約一七・八メートルに発見し、急制動したが及ばず自車前部を森井車に衝突して本件事故が発生した。

二  以上認定の事実によれば、本件交差点は車両等の徐行義務を定めている道路交通法四二条一号にいう左右の見とおしがきかない交差点であることは明らかである。そして、前記認定の道路状況等に照らすと、被告人車の進行道路(A道路)の方が交差道路である森井車進行道路(B道路)よりも幅員が明らかに広いものといえる。

問題は、A道路が広路としても広路通行車について徐行義務が免除されるのかという点である。

見とおしのきかない交差点における広路通行車の徐行義務については、昭和四六年法律第九八号による改正前の四二条に関しては徐行義務がないと解されていたところ(最高裁判所昭和四三年七月一六日第三小法廷判決、刑集二二巻七号八一三頁)、右改正の際四二条一号は優先道路を通行している場合等にはその適用除外を明らかにしたが広路通行の場合には適用除外の規定を設けなかつたこと、そもそも四二条一号の趣旨は車両同志の出会い頭の事故その他不測の事故を避けようとしたことに主眼があるのであつて、そのために見とおしのきかない交差点に進入する車は明文で免除する場合を除いてすべて徐行しなければならない旨を定めたと解されることなどに照らすと、右改正後の同条同号は広路通行の場合にも適用されると解するのが相当である。従つて、A道路と交差するB道路に一時停止の道路標識が設置されている場合でもそれだけでは同号所定の徐行義務は免除されないというべきである。

しかも被告人車の進行していたA道路の道路状況、交通状況等に徴すると、その進行車両に徐行義務の免除を認めなければ交通の円滑が阻害されるという類いの道路ではなく、むしろ高速走行に却つて危険が伴うような道路と見られる。してみると、双方が徐行して出合い頭の事故を避けるよう注意することが当時は実質上必要かつ適切な交差点といい得るのである。もつとも、被害者進行のB道路には一時停止の標識等が設置され、一時停止の上左右確認してこれと交差するA道路に進入するようになつているところ、被害者はこの一時停止を懈怠したのみか、減速はもとより左右確認もせずA道路に進入した状況が認められるが、かかる事情の存在は過失の軽重及びその度合いを判定するについて参酌すべき事項であるにとどまり、そのことの故に直ちに被告人の注意義務が否定されるものでないことはいうまでもない。

以上の次第で判示第四の罪となるべき事実のとおり認定したものである。

(累犯加重の原因となる前科)

被告人は、昭和五七年一月二六日横浜地方裁判所川崎支部で有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使罪により懲役二年(未決勾留日数五四〇日算入)に処せられ、同年九月一二日右刑の執行を受け終つたものである。

右の事実は、検察事務官作成の前科調書及び被告人の当公判廷における供述によりこれを認める。

(法令の適用)

罰条 判示第一の所為につき道路交通法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三

判示第二、第四の各所為につき各刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号

判示第三の所為中救護措置義務違反の点につき道路交通法一一七条、七二条一項前段

判示第三の所為中報告義務違反の点につき道路交通法一一九条一項一〇号、七二条一項後段

科刑上一罪 刑法五四条一項前段、一〇条(それぞれ重い判示深山に対する業務上過失傷害罪及び救護措置義務違反の罪の各刑で処断)ー判示第二、第三の各罪につき

刑種の選択 判示第一及び第三の各罪につき懲役刑を、判示第二及び第四の各罪につき禁錮刑を各選択

累犯加重 刑法五六条一項、五七条(判示第一及び第三の罪の刑につき再犯加重)

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑の最も重い判示第三の罪の刑に加重)

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

よつて、主文のとおり判決する。

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